幼い頃は「練習しなくてもなんとかなる」

子どもの頃の私は、本番になるとなぜかいつもよりも上手に弾けるタイプでした。緊張よりも高揚感のほうが勝ち、普段の練習以上の集中力が自然と引き出されるのです。

そんな経験が続いたせいで、練習にはあまり熱がこもらず、練習時間も決して多くはありませんでした。それでも本番では大きな失敗もなく、暗譜もなんとかなっていたのです。本番になると手も勝手に動いてくれると思っていたので、技術的なところは完全にマッスルメモリーに頼っていたのでしょうね。

しかし、年齢を重ねるにつれて状況は変わっていきます。緊張を理性で抑え込もうとしても勝てない時が増え、練習を甘くみていたツケがまわってきました!

そこで私が次に試みたのは、練習方法を増やすこと。今まであまり長時間の練習をしてこなかった私ですが、「ここまで練習したのだから大丈夫に決まっている」と、本番前に自分に言い聞かせるようにしました。すると、ある程度はうまくいくようになったのです。

ただ、練習していない時間にふと「いや、そんなにしてないかも」と思ってしまうと、途端に自信が揺らぐ。本番でも尻込みしてしまい、結局、練習時間が多いだけでは乗り越えられないこともあると気づきました。…単なる若気の至り、いや、単純バカですね。

自動車事故

そんな中、30歳目前にして大きな出来事が起こります。伴奏の仕事に向かう途中、運転中に事故に遭い、頭を強く打ってしまったのです。救急車で運ばれ、病院で検査を受けた結果、首にも頭にも異常はないとされ、4針縫った後にリリース(実にアメリカらしい!)。その翌週には別の伴奏の仕事で本番に臨みましたが、演奏中ずっと頭がぐわんぐわんと揺れる感覚が続き、途中で気を失いそうになりました。

この頃から、本番の時だけ病的な緊張に襲われるようになり、どれだけ練習しても舞台に立つとアンプが突然バッサリ飛び、戻って来られなくなる症状が出るようになりました。何時間練習しても必ずその瞬間が訪れ、「また飛ぶかもしれない」という恐怖が心を支配していきました。

コンチェルト2曲との数か月

事故から数年後、ワシントン大学の博士課程の一環として、コンチェルトリサイタルのためにプロコフィエフのピアノ協奏曲第3番とモーツァルトのピアノ協奏曲第20番という、二つの作品を勉強していました。

準備も整った頃、コンチェルトのオーディションがあり、私は自信満々でプロコフィエフを掲げてエントリーしました。その頃には、何があってもうまく弾ける自信があったのです。しかし本番で思いもよらぬ事態が起こります。ある箇所で突然アンプが吹き飛び、頭の中が真っ白に。立て直すことができないまま演奏を終えてしまいました。あの悔しさといったら…。なぜあんなところで記憶が飛ぶのか? 意味がわかりませんでした。練習して弾き込んだ作品であるにも関わらず、本番で記憶が消えるショックは深く、しばらく立ち直れませんでした。

韓国人ピアニストから学んだこと

悔しさとショックの中、その数ヶ月後に別のオーディションへの挑戦します。その頃は伴奏の仕事と勉強でソロが手につかず、エントリーするのには迷ったのですが、以前からの練習の蓄積があったため、短期間でも仕上げられると判断し、一か月しかないものの、モーツァルトの20番をもう一度勉強し始めました。

このオーディションで伴奏をしてくれたのが、後に私の暗譜法を大きく変えることになる韓国人ピアニストの友人でした。博士課程で同門だった彼は、ものすごくピアノが上手でいくつものコンクールで入賞していましたが、正直最初は苦手なタイプでした。自信満々すぎて、他の生徒の演奏に対してのコメントも結構きつかった。けど、伴奏を任せるなら彼しかいないと思い、思い切って頼んでみたのです。快く引き受けてくれた彼と、リハーサルを重ねるうちにいろいろと話すようになりました。

そこで話題になったのは「アンプ」。あんなに自信家だと思っていた彼ですが、実はアンプミスで長年悩んでいたということがわかったのです。「まさか、あなたが?」と耳を疑いましたが、ある意味では私が経験している舞台でのアンプ飛びよりも重大な悩みでした。彼はそのことを当時のお師匠様である著名なピアニストに相談し、彼女からある方法を伝授されたそうです。そして彼は、その方法を私にも教えてくれました。「この方法が僕の人生を変えた。君もやるべきだ!」と。

頭に鍵盤を浮かべる暗譜法

彼の方法はシンプルでありながら、非常に強力なものでした。頭の中に鍵盤を鮮明に思い浮かべ、実際に音を鳴らすつもりで、完璧に弾けるようになるまで頭の中で繰り返す――それだけです。

試しにやってみると、「完璧に覚えている」と思っていたモーツァルトの楽譜が、頭の中では所々で止まってしまうことに気づきました。内声があやふやだったり、左手のコードが思い出せなかったりと、ちょっとしたところで演奏が途切れてしまうのです。そこで、わからない部分はゆっくり進めて確認し、できるようになったらテンポを少しずつ上げる。このプロセスを何度も繰り返しました。

実際に鍵盤で弾いてみると、これまで感じたことのない確かな自信があり、演奏に向かう意識そのものが明らかに変わっていたのです。

そこで全曲を頭の中で弾けるまで繰り返し、ピアノがなくても演奏できる状態にして本番に挑みました。結果は大成功。久しぶりにアンプミスの恐怖を感じることなく演奏でき、練習中に思い描いていたことを出し切ることができました。結果、コンチェルトのソリストに抜擢されました。

パニック障害と再び訪れた試練

だんだんと状態がよくなっていたと思っていたにも関わらず、数年後、パニック障害を発症。その時はすでに子育てをしていましたが、同時にピアノを教えたり伴奏の仕事も受けており、ただ舞台に立つこと自体が怖くなり、「演奏したいのに、怖くてできない」というジレンマに苦しむことになります。

コロナ・パンデミックの前、「そろそろきちんと向き合わなければ」と思い、荒治療ではありますが、人前で演奏する仕事を積極的に取るようにしました。伴奏や連弾の依頼が多く、暗譜の必要はほとんどなかったため、その頃はまだ「練習量で乗り切る」ことで対応できていました。
しかし、本番前の恐怖は相変わらず計り知れないものでした。なぜそうなるのかを自分なりに分析してみると、その大きな原因は「一音でも間違えるのが怖い」という強い恐怖心でした。

実は、小学生の頃、舞台でミスをすると母親に口をきいてもらえませんでした。一生懸命弾き、よくできたと思って親の元に帰っても、褒めてもらえるどころか「なぜあんなところで間違えるの」と怒られる始末。その後、話しかけようとしても「あんな間違えをして、頭が痛いから話しかけないで」と言われ、その夜は一晩中、口をきいてもらえませんでした。あのイメージは、いまだに鮮明に覚えています。とてもとても悲しかった。今でも思い出すと、喉が詰まりますし、本番前は必ず思い出してしまうトラウマです。こうして「間違えると母に怒られる」という構図が出来上がり、やがてそれは「間違えるとお客さんが怒る」という思い込みに変わっていったのです。

ありがたいことに、伴奏のお仕事は定期的にいただいていますが、その際に改めて実感するのは、ソロと同様に楽譜の端から端まで覚えてしまうことがやはり一番良いということです。さらに、伴奏を弾きながら楽器や歌のパートも歌えるように準備しておくと安心感はより高まります。

この方法で準備をするようになってからは、かつて一番ひどかった「病的な緊張」から徐々に解放されるようになってきました。ちなみに、パニック発作は長年起きていません。最後に起きたのは2022年の夏。その時には、すでに自分のパニック発作の症状をコントロールできるようになっており、しばらく恐怖と不安に包まれてうずくまった後は、静かに心が元の状態に戻るのを待ってやり過ごせるようになっていました。

その後の練習習慣

今では、ピアノがある練習中も目を閉じて頭の中で音を鳴らす練習を取り入れています。さらに、ゆっくり練習と組み合わせることで、緊張に負けることなく練習通りの演奏ができるようになりました。

暗譜は「弾き込み」だけでなく、「頭で完璧に弾けるか」がカギ。鍵盤を頭に浮かべる練習は、パニックや極度の緊張に悩む人にも有効です。私にとっては、演奏への恐怖を少しずつ克服し、再び舞台に立つための大きな一歩となりました。



rieando

はじめまして、安東理恵です。 桐朋学園大学を卒業後、90年代に渡米。2021年に帰国。現在もリモートでアメリカ在住の生徒たちを教えています。 email: rieandopiano@gmail.com

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