左手の存在感
ピアノを学ぶ生徒さんなら、レッスンで「左手の重要性」を何度も耳にすることでしょう。私もその重要性を強調する講師の一人で、生徒さんには左手の練習方法や役割について、繰り返し伝えています。
しかし、頭では理解していても、実際にコントロールするのは難しいもの。左手と右手のバランスが取りづらかったり、脱力の加減がうまくいかなかったりすることが多いと思います。私自身もかつて同じ悩みを抱えていたので、生徒さんの気持ちはよく分かります。
今回は、左手の力加減や練習方法について、少しお話ししたいと思います。
「これだけで十分」
これは、私がレッスン中に先生から言われた言葉です。右手のメロディーに対して、左手の伴奏は「これだけで十分」と。先生が実演してくださったとき、あまりにも音が小さく、「本当にこれでいいの?」と驚きました。「そんなに軽くて聴こえるはずがない!」と、耳を疑ったほどです。
実際のところ、「これだけで」とはどれくらいかというと、音が出るか出ないか程度。指で鍵盤に触れるだけ、撫でるだけといった感覚です。一般的にピアノは鍵盤を押して弾くものと思われていますが、時には「触れるだけ」でちょうど良い場合もあります。
ただし、この奏法には指のしっかりした基礎が必要です。関節がふにゃふにゃのまま鍵盤に軽く触れるだけでは、音がかすれてしまったり、フレーズを作ることが難しくなります。
左手のバランスを考える
「触るだけ」の奏法で左手のバランスを学ぶのに適しているのは、例えばバイエルに出てくる8分音符の伴奏や、モーツァルトのハ長調ソナタ(K.545)などです。
バイエルは初心者向けの教本として定番ですが、左手の8分音符伴奏は意外に難しく、小さな手の子どもには負担が大きいことも。私自身はバイエルよりも、メトード・ローズやバーナムを使って学んだ記憶があり、初心者にはそれらの教材の方が弾きやすいと感じます。特にメトード・ローズは、大人になった今でも美しい作品が揃っていて大好きな教本の一つです。
左手の役割 〜縁の下の力持ち〜
8分音符の伴奏を綺麗に演奏するために、左手は縁の下の力持ちに徹する必要があります。普通に音を出すと、右手のメロディーを邪魔してしまうため、コントロールが重要になります。
左手の役割は、単に伴奏を弾くだけでなく、和声進行を意識し、右手のメロディーを引き立たせること。さらに、次のパターンへ自然につなげるために細かく調整しながら弾く必要があります。
伴奏の種類と工夫
単純な8分音符の伴奏に限らず、ワルツのリズムや和音だけの伴奏、メロディーに単音でハーモニーを添えるパターンなど、左手の役割はさまざまです。
「触るだけ」の奏法を試していると、本当に聴こえているのか不安になることがあります。そんなときは、一瞬だけ楽譜にない音を小さく弾いてみてください。どんなに小さくても、間違った音は意外と目立ちます。それだけ、左手の音は微細なバランスによって響き方が変わるということなのです。
左手のコントロールができるようになると、「自分の音を聴けるようになった」と実感できます。逆に「左手が大きすぎる」と言われる場合は、まだ自分の音を十分に聴けていない可能性があります。
左手の練習方法
適した練習法は生徒さんや楽曲によって異なるため、先生に相談するのが一番です。共通して言えるのは、どの曲でも左手だけで綺麗に聴こえるように練習することが大切ということ。単純な伴奏でも、長い音符ばかりでも、左手だけで美しく響くように仕上げることが重要です。
試しに左手だけを弾いてみると、驚くほど綺麗に聴こえることがあります。逆に、右手をつけないと成り立たない場合は、まだ左手の役割が十分に機能していない証拠かもしれません。
また、右手とのハーモニーを意識することも大切です。右手のメロディーにどのような左手をつければ和声的にまとまりがよくなるか、どのようにサポートすれば次のフレーズにつなげられるかを考えながら、ゆっくり練習するのが効果的です。
出さない勇気
生徒さんに左手のバランスを伝える際、力加減が伝わりにくいことがあります。そこで、一度ピアノの蓋を閉めて、蓋を軽く叩いてもらいます。蓋を叩いたときに音がほとんど出ないことに驚く生徒さんが多く、さらに実際に鍵盤を触ると、その軽いタッチに驚かれます。
多くの生徒さんは、強く弾いたり速く弾くことには意欲的ですが、軽く触れることやゆっくり弾くことには抵抗を感じがちです。ピアノは小さく弾く方が難しいもの。よく聴き、バランスを考えながら、力加減や筋肉の使い方を工夫することで、遠くまで響く理想的な音が生まれます。
左手も同様に、右手とのバランスを意識し、筋肉を適度に調節しながら、鍵盤の上を軽くタッチするだけで響く音を作れるようにしていきましょう。
「出さない勇気」、ぜひ持ってみてください。
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