好きであることから始める

2010年にスタジオを立ち上げて以来、出会った保護者の方々からよく言われることがあります。それは、「自分も子供の頃、先生に教えていただきたかった」という言葉。これは、私にとって最高の褒め言葉です。生徒たちが「先生とのレッスンは楽しい!」と言ってくれることは心から嬉しいのですが、そのレッスンをいつも見守ってくださっている保護者の方々から同じように言っていただけると、さらに嬉しさが増します。

スタジオが掲げる目標の一つは、「音楽を好きになること」。ピアノのレッスンを始めると、どうしても練習が必要になりますが、練習が苦手な生徒さんも少なくありません。それを乗り越えるために大切なのは、音楽を好きであり、ピアノに対して情熱を持つことです。その情熱が、練習の苦手意識を克服する大きな力になります

音楽と心の成長:失敗から学ぶ力

ピアノは「好き」だけでは上達することはできません。どんなことでもそうですが、辛いことや失敗は避けられないものです。もし失敗して挫折してしまった時、立ち上がるための強さは自分の中から湧き上がるものであり、それを身につけるためには訓練が必要です。しかし、家庭やレッスンで常に失敗に対して厳しい環境が続くと、生徒は自己肯定感を高めるどころか、他人への信頼や自信を失ってしまい、思考は否定的な方向に向かってしまいます

失敗は決して恥ずかしいことではなく、成功への第一歩です。失敗を次に繋げるチャンスとして捉えることができるよう、ポジティブな思考を持つことが大切です。もし失敗を恐れてしまうと、一音のミスを怖がるような演奏になり、失敗をすることで周囲が批判するのではないかという妄想に囚われ、ピアノを弾くこと自体が恐ろしいものになってしまう可能性があります。

私自身もそのような妄想に悩まされた時期がありました。完璧主義者ではない自分が、どうして一音のミスにそんなに囚われてしまうのかと考えた時、その答えは過去の経験に結びついていたことが多かったです。ですから、音楽は心そのものであるからこそ、幼い頃からのメンタル面への働きかけが非常に重要だと強く感じています。

自分を信じる力を育む

幼少期に、自分を肯定してもらえる環境で育つことは、後の成長に非常に大きな影響を与えます。親や先生が、どんな些細な挑戦でも子供の努力を認めることで、自分を信じて進んでいく力を身につけることができます。ピアノの練習や演奏においても、自分を信じることは非常に重要です。演奏を仕上げるのにどんなに多くのサポートがあっても、最後に舞台で演奏するのは自分自身だからです。

レッスンでは、まず生徒の意見や感じ方をしっかりと肯定し、ポジティブな雰囲気で指導することを心がけています。ただ指示を出すだけでなく、ミスの原因を一緒に考え、問題解決までの過程を共に探求しています。練習不足以外でミスが多い箇所には、生徒自身の癖が影響していることが多いですが、それは弾き方や手の位置など、さまざまです。ですから、その箇所をただ反復練習するのではなく、共に原因を解明し、効果的な練習方法を見つけることに取り組んでいます。これにより、将来のミスを減らすための努力につながります

褒めること、そして潜在意識への働きかけ

ピアノを始めてから博士号を取得するまでの30年以上にわたる間、日本、アメリカ、そしてヨーロッパの素晴らしいピアニストや指導者からレッスンを受けてきました。これまでの経験を通じて、異なる文化や指導方法の良い側面を吸収し、それを組み合わせて自分なりのレッスンスタイルを築いてきました。

アメリカで長年暮らしていく中で、日々の生活の中で何気ない会話や行動に込められたポジティブな言葉の力を実感し、私もその重要性を感じて実践しています。例えば、授業中に教授が生徒に向かって、どんな小さな疑問でも「良い質問だ!」と笑顔で褒める場面に何度も遭遇しましたし、カフェでは隣の人が「素敵なワンピースね」と声をかけてくれることがあったり、日常的なポジティブな言葉がどれほど人々に良い影響を与えるかを実感してきました。

息子が現地校に通っていた時、毎日たくさん褒められ、嬉しそうに家に帰ってきました。むやみに褒めすぎることは考えものですが、相手の良いところを見つけて言葉にすることで、ポジティブな気持ちが生まれ、良い結果を引き出すことを実感しています。ピアノレッスンでも同じように、生徒ができることをどんどん褒めて伸ばし、前向きな気持ちを育てることを日々心がけています。

潜在意識への働きかけ

もう一つ、私が実践しているのは、潜在意識に語りかける方法です。例えば、生徒さんがスタッカートを上手く弾けない時、少し苦手意識を持っている様子を感じたら、「OOちゃんのスタッカートの音、先生はとても好きだよ。今の練習を続ければ、どんどん良くなるね」と伝えてみます。そして、数回試してもらうと、実際にできるようになることがあります。

その時にできなくても、同じような場面で繰り返し言葉をかけることで、苦手意識がなくなっていくのが手に取るようにわかります。信頼する人がその一言をかけることで、生徒は「自分はできる」と感じ、自己肯定感が高まっていきます。

私がレッスンで目指しているのは、ピアノを学ぶことが単なる技術向上にとどまらず、成長の過程で自分を信じ、前向きに進む力を育むことです。毎日の指導を通じて、生徒たちが音楽を通して内面的にも強く成長できるよう心から願っています。


rieando

はじめまして、安東理恵です。 桐朋学園大学を卒業後、90年代に渡米。2021年に帰国。現在もリモートでアメリカ在住の生徒たちを教えています。 email: rieandopiano@gmail.com