ゆっくり練習していますか?ピアノ初心者〜上級者まで効果的な練習法
レッスン中、先生と部分的に練習している時に、「もっとゆっくり」と言われた経験はありませんか?「えっ、これでも十分ゆっくり弾いてるのに?」と驚いたり、ゆっくり練習してきなさいと言われても、どれだけテンポを落とせばいいのか悩んでしまいますよね。今日はその「ゆっくり練習」についてお話ししたいと思います。
本番前のパブロ先生
まだ20代前半の頃、当時通っていた大学院にピアニストのパブロ・シュクリペック先生をお招きしました。先生にはマスタークラスを開いていただき、その夜にはリサイタルも予定されていました。
本番直前、時間になったので先生を呼びに練習室へ向かうと、外まで音が漏れてきます。耳を澄ますと、演目にあったベートーヴェンのソナタを、まるで全ての音を丁寧に咀嚼するかのように、極端に遅いテンポで、確実に弾いていらっしゃいました。
先生はこうおっしゃっていました。「本番直前は必ずゆっくり練習をする。音を確実に、亀のようにゆっくり弾くことで、暗譜の確認もできるし、良い練習になるんだよ」と。その時、ゆっくり練習の深さを実感しました。
ゆっくり練習の効果と「間違えないテンポ」
シアトルのUWで、シェパード先生とのレッスンの最中、ゆっくり練習の話になりました。パブロ先生の話をすると、シェパード先生もこう言いました。「僕の友達も、驚くほどゆっくり練習するんだ。間違えると、さらにテンポを落として、絶対に間違えないテンポにするんだよ。」確かに、ゆっくり弾いても間違える箇所なのに、テンポで確実に弾けるとは思えません。
楽譜と向き合う特別な時間を作る
譜読みを始めるときは、まず片手ずつ練習し、その後ゆっくり両手を合わせていくのが基本です。この段階では、それぞれのパートがまだ頭に鮮明に入っているため、何が起きているのかをしっかり意識しながら練習できます。
ところが、弾き慣れてくると耳の使い方が変わってしまうことがあります。フレーズ全体を一つの「音の塊」として捉えるようになり、多くの生徒さんはその塊を丸ごと覚えてしまいます。そうなると、小節の途中から弾こうとしても手が止まってしまったり、弾けても「初めて聴く曲」を弾いているような感覚になるのです。その結果、指使いがあやふやになり、普段と違う指で弾いてしまったり、内声が分からなくなって頭の中は大混乱。
ゆっくり練習がもたらす気づきと発見
ゆっくり練習を続けることで、聴くべきところややるべきことがクリアになり、演奏をコントロールできるようになります。例えば、声部ごとに練習することで、音の流れや複雑な指使いを確認でき、内声部が理解できるようになります。指使いも確実に覚えることができるので、複雑なパッセージをテンポで演奏する時も、混乱することなく綺麗に弾けるようになります。
各声部の流れを理解したら、ゆっくり全ての音符を弾いてみましょう。すると、普段気づかなかった音楽的な意味を聴くことができ、音楽がより立体的に響くようになります。
マッスルメモリーと勢い任せの演奏を防ぐ
生徒さんにゆっくり練習をしてもらうと、「普段のテンポでは間違えないのに、遅くすると調子が狂う」と言われることがあります。これは、普段マッスルメモリー(筋肉記憶)と勢いで弾いていることが影響しています。
速いテンポでは、頭で考えるより先に手が動くため、細部の意識が抜けやすくなります。テンポで弾いていないからうまくいかないのではなく、練習中には、どんなテンポでも楽譜に書いてあることを再現することができるまで引き込むことが大切です。この練習は時間がかかり、疲れることもありますが、それだけ楽譜の情報が頭に深く刻まれます。一音一音、どんな響きを作りたいか考えながら弾くことで、より音楽的な演奏に近づけます。
私自身も、譜読みの段階から本番直前まで、ゆっくり練習は欠かしません。譜読み段階では楽譜の情報を見逃さずに頭に入れるため、本番前はミスを減らすため、そして頭に描いた音楽をどのテンポでもどんな状況下でも再現できるようにするためです。この練習を繰り返すことで、本番中にふとフォーカスがずれることがあったとしても、意識を取り戻すことができます。いつも頭がクリアの状態で鍵盤に向かうことがあります。
自分に合った「間違えないテンポ」を見つける方法
「もっとゆっくり弾いてみて」と生徒さんに言うと、多くの場合、前のテンポとあまり変わらないのです。自分の音が耳に入っていないので、テンポ調節が難しいのです。実際に私が「このくらいのテンポで」と亀のように遅いテンポで弾いて見せても、それでも生徒さんのテンポが中々変わらない事が多いのです。なので、今度は言葉にして言うようにします。
どのテンポが自分に合っているかを見極めるには、「間違えないテンポ」を探すことが大切です。例えば、♩=55で弾いてみて、その速さで確実に弾けるなら、それが理想的な練習テンポです。弾く前に指が鍵盤にしっかり乗り、次にやるべきことが明確に浮かぶ速さこそ、もっとも効果的なテンポといえます。
もし♩=55でも間違えてしまうなら、それはまだ速すぎるということです。自分でも驚くほど遅いテンポであっても、その速さまで落とさなければ、脳が楽譜の情報を処理しきれていないという証拠なのです。
ゆっくり練習は作品との対話
ゆっくり練習は、楽譜と向き合い、作品を深く理解するための特別な時間です。作曲家の意図を味わい、作品の細部に気づくことで、音楽に対する感謝の気持ちが深まります。ゆっくり練習を楽しみながら、音楽的に豊かな演奏を目指してみてください。ゆっくり弾くことは、ただのテンポの変更ではなく、深い音楽理解への入口です。
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