The Art of Slow Practice:ゆっくり練習の楽しみ方

もっとゆっくり!

レッスン中部分練習をする場面で、「もっとゆっくり!」という経験ありませんか?ゆっくり?弾いてますよ!こんなにゆっくり!と思っているのに、一体どれだけテンポを落とせばいいの?と、言うことで、今回は「ゆっくり練習」について書いてみたいと思います。

私が師匠のゆっくり練習に初めて遭遇したのは、ピアニスト、パブロ・シュクリペック先生をWWU(一つ目の大学院)にお招きした日。リサイタル本番前に先生が練習していた時のことです。先生を呼びに練習室へ行くと、プログラムの一つであったベートーヴェンのソナタを、ゆっくりゆっくり弾いていらしたのです。

先生は、「本番直前は必ずゆっくり練習する。」と仰っていました。全ての音を確実に、亀が歩くような速さで弾くと、暗譜の確認も出来るし良い練習になると言うことでした。

所変わってシアトルはUWにて、シェパード先生とのレッスン中お話をしていると、ゆっくり練習の話題になりました。パブロ先生の事を話すと、シェパード先生も「僕の友達にいたよ、びっくりするくらいゆっくり練習する。間違えると、もっとゆっくりするんだ。絶対に間違えないテンポまで落とす。」とご友人の話をして下さいました。

楽譜と向き合う特別な時間

ピアノを学習する人の多くは、片手ずつの練習をしてからゆっくり合わせていきます。その時はまだ頭にそれぞれのパートが入っているので、何が起こっているのか注意深く考え練習しているのですが、慣れてくると聴き方が変わってきてしまう方が多い印象があります。

弾き慣れてくると、全ての声部とフレーズを塊として捉えてしまっているので、小節の途中から引いてもらおうとすると、まるで聴いたことのない曲を弾くかのようになってしまう事もあります。内声部の記憶が薄れている状態です。

このように、”自分の音を聴いている”のではなく、聴こえてくるものを受け入れるだけの状態で練習を続けると、緊張でテンポが不安定になってしまったり、せっかく積み重ねた練習やレッスンで勉強したことが発揮できず、あまり良いことがありません。

ゆっくり練習を続けるとやるべきことや聴くべきところがクリアになり、演奏をコントロールできるよう導いてくれます。

例えば、声部ずつの練習では、ゆっくりと指使い通りに確認することにより、音の流れを知ることができますし、内声部の複雑な指使いも明確になります。

複数の声部がある場合、声部の組み合わせを変えてみるのも👍。例えば内声二声をゆっくり弾くと、外声がどのようなハーモニーによって支えられているか理解出来るし、バスかソプラノを弾きながら内声を歌ったりして、パターンを変えながら練習するのも楽しいです。

各声部の流れがわかったら、今度はゆっくり全ての音を弾いてみます。すると、いつもよりも立体的に聴こえるようになり、普段は聴こえているけれど音楽的な意味で聴いていない音も、はっきりと聴こえてくると思います。

ゆっくり練習は、楽譜の細部に気づかせてくれるとても大切な練習で、言ってみれば作品と真っ直ぐ向き合う特別な時間です。

より音楽的な演奏に近づく

生徒さんにゆっくり弾いてもらうと、「普通のテンポだと間違えないで上手に弾けるのに」と言われることがあります。少しでもゆっくりすると調子が狂ってしまうのは、マッスルメモリーと勢いで弾いているのが一つ原因にあります。マッスルメモリーは時としてバグります!特に緊張している時にはバグが酷くなる傾向にあり、音だけ弾いている演奏になりがちです。より音楽的な演奏にするために、普段から考えて弾く癖をつけると変わってくるのではないでしょうか。

ゆっくり練習と言っても、テンポを遅くするだけではあまり良い練習になりません。重要なのは、楽譜に書いてある通り、音だけでなく、強弱やアーティキュレーションも、テンポで弾いている時と同じように弾けるようにすることです。考えながら進むので、時間がかかるだけでなく、疲れます!でも、それだけ頭に楽譜の情報が入ってきます。

一音一音、どのように響かせたいのか考えると、自分の音を聴く練習にもなります。あるフレーズを練習するのに、音をよく聴いて、これから弾く音やフレーズに明確なイメージを持ち、指を伝って再現できるようにします。音作りは、初めのうちは中々思った通りの音は出てこないです。でも、どんな響きを作りたいかのイメージは強く持ち、根気強く続けると段々と音の出し方がわかってきますし、一瞬イメージしただけでそのように打鍵できるようになります。音は心を映し出すものですが、だからこそイメージしたように音は鳴ってくれるはずです。

ゆっくり弾くと、手の形や動作を調節することが出来るのも良い点です。イメージした音が出るように、手や指の角度を変えてみたり、手首の位置を考えたり、普段は一瞬で弾き終わってしまうような場所の、細かい動きに対しても目を向けることができます。打鍵を変えてみるのもアリです。

あなたに合うゆっくりテンポの見つけ方

生徒さんにゆっくり弾いてもらった時のもう一つのアルアルは、ゆっくり弾いたつもりなのに前のテンポと変わっていない現象。普段自分の音が耳に入っていないのが原因で起こる現象です。

「ゆっくり」と「ソフトに」は、「速く」と「大きく」よりずっと難しいですし、こんなにゆっくり弾いていいの?と何故か遠慮しがちです。

では、自分に合うゆっくりを探したい時、何を目安にすれば良いのでしょうか?それは、「間違えない」事です。例えば、♩=55はかなり遅い印象ですが、そのテンポで弾いてもあちこちミスしたり、途中で止まったり、打鍵ギリギリまで指が乗っていない状態では、まだまだ速いと言えます。

理想的な練習テンポは、次の音やハーモニーが頭に浮かび、弾く前に指が鍵盤に乗っていて、自分がやるべき事がはっきりと思い浮かべられるかどうかを確認して決めると良いです。それができるテンポは必ずあります。例えそれが超絶ゆっくりだとしても、遠慮せずどうぞゆっくり&安心を堪能して下さい。

気持ちの余裕を持って弾けるようになったら、少しずつテンポを上げます。最初、脳がついていかず、止まることがあります。この場合は、そのまま続けて下さい。何回か繰り返しているうちに、そのテンポで弾けるようになります。

この練習は、楽譜と向き合う良い機会を与えてくれます。作曲家が描いた美しいハーモニーを存分に味わえるし、作曲家と作品に対して新たにAppreciationを感じる時間となります。

皆さんもぜひ、楽しいゆっくり練習ライフを送って下さい!

rieando

はじめまして、安東理恵です。 桐朋学園大学を卒業後、90年代に渡米。2021年に帰国。現在もリモートでアメリカ在住の生徒たちを教えています。 email: rieandopiano@gmail.com

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