WWUとUW
この記事は、アメリカの大学院に留学を考えていたり、音楽科で学びたいという方の参考になるかも知れません。また、「ピアノ科の学生は、どんな授業を取るの?」と疑問を抱いている方も楽しめると思います。
ワシントン州では大学院に2つ通いました。最初の大学は、カナダとの国境から車で約30分ほど南に位置するベーリンハムにある州立大学、ウェスタンワシントン大学(WWU)です。れんが造りの建物が建ち並ぶキャンパスはとても落ち着けて、行き交う人みんながLaid back(ゆったり、のんびり)で過ごしやすかった。先生も生徒も、良い意味で密な時間を過ごせる空間でした。音楽科のビルディングの裏からは海が望めて、そんな景色をバックに他の学生たちと過ごすことも多く、楽しい思い出がたくさんあります。
音楽科にはクラシックとジャズのプログラムがあり、素晴らしい先生方が在籍していました。当時ジャズ科は、ビル・エヴァンス・トリオのベーシストとしても知られるチャック・イスラエル氏が指導していました。ピアノをご指導いただいたDr. ロレイン・ミンは韓国系カナダ人の美しい女性で、当時ジュリアード音楽院の博士号を取得したばかりの期待のピアニストでした。兎に角素晴らしい音色を奏でる方です。他の先生と比べると年齢も近く、親近感を感じると共に、私は彼女の演奏と音色にいつも魅了されていました。
もう一つはワシントン大学(UW)。シアトルにある州立大学で、2023年のUS News & World Report, Best Global Universities Rankingsでは6位に選ばれるなど、非常に評価の高い大学です。
音楽科の先生方は、演奏活動を現役で行なっている演奏家も多く、お世話になったクレイグ・シェパード先生も、「神か!?」なプログラムを提げて定期的に活動していらっしゃいます。歌科はジェーン・イーグレンやヴィンソン・コールも一時在籍しており、彼らのレッスンで伴奏を務め、目の前であの素晴らしい歌声や生徒達への指導を目の当たりにできたことは貴重な体験です。そしてもちろん、弦の先生方も素晴らしい顔ぶれでした!卒業生も意外な自分物がいて、バーナム・ピアノテクニックのエドナ・メイ・バーナムや、ジャズサクソフォン奏者のケニー・GもUW出身です。
リサーチ
一番最初に受けた記念すべき授業は、WWUでの”Introduction to Grad School”。毎週3回1、図書館の奥にある会議室に集まり授業を受けました。
リサーチの仕方を中心に学びましたが、このスキルこそ、長い大学院生活で一番重要だったと思います。やり方は至ってシンプル。先生からそれぞれトピックを渡され、図書館で調べた資料をもとにハンドアウト(配布資料)を作り、10分程度のプレゼンをする流れです。これが毎週の宿題でした。
プレゼンテーション
毎週のようにリサーチしていると、素早く的確に多くの情報を集められるようになります。博士号取得に向けての口頭試験でも、そのスキルがとても役に立ちました。
10分のプレゼンで、ハンドアウトは1枚から2枚、必要ならば資料のコピーも。プレゼンする時は用意しておいたメモを頼りに、詳細を付け加えます。このメモには、絶対に知っておいてもらいたい事や、突っ込んだ話の覚え書き、面白い話など、なるべく多くのことを書いておくと安心です。覚えてしまうと自由度が増し、もっと説得力のあるプレゼンになります。楽器演奏と同じ!?
リーディング
リーディングの宿題はあまり出ませんでした。そんな中、特に印象に残るものがあります。
UW時代、「オペラの中の女性の狂気」という授業を取った時、専門家の書いた記事を読む宿題が出ました。一晩中何度読んでも理解できずついにギブアップ。クラスでノンネイティブスピーカーは私一人だったので、理解できないのは自分だけだろうと、足取り重く授業に出席しました。席に着くと、一人が「あの記事、理解できた?」と皆に聞いていました。恐る恐る反応を見ていると、一人、また一人と「わからなかった」と言うではありませんか!あの時の安堵感と言ったらもう笑!
リーディングの宿題は、主に専門家の書いた記事や批評でした。中には抽象的で何が言いたいのか分からないものもあって、専門的なエッセイを読む難しさを痛感しました。
ペーパー
苦戦したのはペーパーです。構成や主張の仕方が異なり、書き慣れた方法では通用しません。
日本では「起承転結」に沿って、結論に向かって文章を展開していくところ、アメリカでは先に結論を述べて、それについて書いていく方法です。前記したオペラのクラスの教授はアジア出身だったのですが、ご自身もアメリカの大学で苦労されたのもあり、ペーパーを書くたびに細かく突っ込まれて厳しかった!口癖は「日本の書き方で書かない!」です。先生から出された、あの意味のわからない抽象的な記事のように書いたらいつも以上に突っ込まれたので、やはり学生でいる限りは結論から書いた方が良さそうです笑。
彼女がすすめてくれたのは、学生が添削をしてくれるWriting Centerでした。予約を入れて、自分が書いたペーパーを持っていき、添削員の学生さんからアドバイスを貰います。どの大学にもあると思います。提出前のプルーフリーディングや、アイディアや書き方に行き詰まったときに心強いです。
ペーパー課題は、ページにすると短くて3ページ、大体10ページでした。10ページと思うと途方に暮れてしまうけど、実際にはリサーチをきちんとして構成を考えると、意外と埋まってしまう感じです。
ピアノ科って何を勉強するの?
学生の時は、演奏学科の修士と博士って、一体どんな勉強をしているの?とよく聞かれました。
UWの場合、博士号は3年から5年かかるプログラムで、卒業には90クレジットが必要です。その中には、アカデミックだけでなく、4つのリサイタル(ソロ2つ、室内楽か講演式リサイタル1つ、コンチェルト2曲1つ)があり、続いて20トピックについて述べる口頭試験、そして最後に論文でした。演奏学科の場合、論文は少なくとも80ページ、楽理の学生は100ページ以上と言われました。
在学中は、興味をそそる授業ばかりで、選ぶのに毎回悩みました。シェンカー理論2では、実際にMozartやBeethovenの作品を分析しましたが、楽曲分析に対する考え方が変わりました。今は使われない分析法ですが、面白いので生徒にはたまに話したりしています。前記した「オペラの〜」のような授業は、主人公の人間性がどのように音に反映されているか考えるのに夢中になりました。インヴェンションの授業では、フィナルプロジェクトで実際にインヴェンションを書いたり、ロマン派のクラスでは、プレゼンの途中で参考のため少し演奏したのがきっかけで、教授からコンサートへの出演依頼をいただくサプライズがあったり、とにかく一つ一つの授業が個性的!
このような授業の多くは、WWUで初めて受けた授業、”Introduction to Grad School”で学んだことがベースになっていました。大学院では実技ではもちろん深い知識を得ることが出来、それだけでも価値のある時間でしたが、アカデミックの方で鍛えられた、リサーチする力、発表する力、書く力と分析力は、生きていく上でもなくてはならないスキルとなりました。院での学びは深かった!
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