音を呼び寄せる

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永遠のテーマ

上の写真を見てください。雫が今にも落ちそうです。ピアノで音を鳴らす時、この小さな雫を水面に落とすような繊細さを持っていたいと思っています。せっかくの美しい雫ですから、綺麗な状態でぽたんと落とし、水辺に大きな波紋を広げたいですよね。ピアノで美しい音を一音だけ鳴らしたい時も、良いタイミングを見計らって、指を良い状態で適切な場所に当てて打鍵したら、波紋を広げるように空気を伝ってどこまでも響いていきそうです。

子供の頃、音色についてはよく注意されました。そして今、自分が生徒さん達に伝えています。「音をよく聴く」、「響かせる」、「叩いた音を出さない」、「音が濁らないように」等です。これらの問題は、「音を聴く」ことでほぼ解消できてしまいまう?でも、そこが一番難しいところです。音を聴くとは一体なんぞや?きちんと聴こえているものを、これ以上どうすれば!?暗譜と音を聴くを追求するのは、ピアニストの永遠のテーマなのかとすら思います。今回は音の聴き方について考えてみます。

遠くから音を呼ぶ

かつてヨーロッパを中心にご活躍されたピアニストの原智恵子さんは、アルフレッド・コルトーから多くの影響を受けています。彼はよく、こんな風に言ったそうです。

細工をしないこと。音を遠くから呼んできなさい。近くの手元で出そうとしないこと。再構築すること。

引用元:「原智恵子 伝説のピアニスト」石川康子, p.181

石原康子さんの「原智恵子 伝説のピアニスト」はハイライトや付箋だらけになる程よく読んだのですが、その中でもこのコルトーのこの言葉に、私も感化されました。この言葉を知って以来、演奏する時はいつも「音を遠くから呼ぶ」と心に唱えています。そうすると、不思議と自分の思い描く音が空中を舞って行くように感じます。

小学生の頃から大学を卒業するまで師事していた加藤先生には、音色についてや響く音を作る指の使い方を細かく教えて頂いたのですが、それを本当の意味で理解するまでに随分と年月が掛かりました。このコルトーの言葉は、私が学んできた事が全てすっぽり収まってしまうような、そんな腑に落ちる言葉でした。

「自分の音を聴く」という表現について

「自分の音を聴く」というアドバイスは、もう既に鳴っている音を聴くような表現なので、混乱を招きやすいのではないかと考えています。「聴く」という言葉は一般的に受動的な行為を指すことが多いです。しかし、音楽において自分の音を「聴く」と言うのは、能動的な行為であり、積極的にどんな音を出したいのか自ら働きかけないといけません。

コルトーが言うように、今自分が弾こうとしている最初の一音、またはその先にあるパッセージを遠くから呼んでくるように頭の中に描き、自分の手元に持ってくるようなイメージを持つと、「自分の音を聴く」が漸くしっくりくる気がします。

生徒さんたちにはよく、出してもらいたい音を言語化して説明を加え、それを元に音をイメージしてもらっています。イメージをして音を出す練習を重ねることによって、自分の音を聴くことに慣れ、感覚が掴めてくるのではないでしょうか。

響く良い音を出せた時は、手や腕が自然と良い形になっています。手の形や力の抜き方など生徒のポジションを見ながら教えるのもとても重要だと思うのですが、どんな音を出したいかを先に考えれば、体が自然と良い体勢になることも多いようです。

真似から始まることもある

そうは言っても、やはりイメージしてすぐに出るものでもないので、もう一つ助けになるのは、耳を鍛えることではないでしょうか。

巨匠たちの演奏を単に聴くだけでなく、音の質感や変化など、細かい点に耳を傾けると、新しい発見があるかもしれません。音色や強弱による音の変化など、気づけることなら何でも良いと思います。素晴らしいと印象に残った部分を、自分の演奏に取り入れてみるのも楽しいです。

以前お世話になったシュクリペック先生は、「巨匠の真似をしてもいい。最初は模倣かもしれないが、そのうち必ず自分のものになる。」とおっしゃっていました。同じ楽器を演奏していても、誰一人として同じ音が出ないのは、楽器を通してその人の個性が表れるためです。巨匠の演奏には、そこに至るまでの長い経験があり、それを何度も聴いただけですぐに模倣できるものではありません。しかし、印象的な音を頭の中で再生できるほど繰り返し聴き、それを自分の体を使って再現できるように工夫することで、その過程から多くのことを学ぶことができるのではないでしょうか。

耳の良い生徒さんたち

これまで多くの生徒さんを教えてきましたが、初めの数回で上達が速そうだと予想できる生徒さんがいます。そのような生徒さんの共通点は、音楽的センスがあり、耳がとても良いことです。クラシック音楽を長い間勉強していないと掴めない感覚も、1回或いは数回繰り返しただけで理解できてしまうため、自然と進歩が速くなります。もちろん、途中で成長する生徒さんも多くいます。その場合も、ペースやコツが掴めてきて、音に対して自然と敏感になった頃です。進歩の速さと音を聴く力というのは、どことなく関係があるような気がします。

頭に思い描いたものが全て!?

ピアノを弾き始めて40うん年、色々と試行錯誤してきましたが、今のところ行き着いたのは、音楽と言うのは、結局自分の頭の中に思い描いたものが全てと言うことです。またあと10年20年したら変化があると思いますが、今はここに落ち着いています。なので、勉強するときには、どんな音を出してどんなフレーズを作りたいか、またどのように全体をまとめたいかクリアにします。

習い始めの頃は、エチュードなどを含めた基本的なレパートリーを繰り返し勉強して、テクニックそのものを磨くことが必要です。基本的なことを繰り返す経験が多ければ多いほどパターンが身について譜読みも速くなるので、練習中にもレッスン中にも、もっと音楽的なことを考えるのに時間が割けます。また、テクニックがつけば、レパートリーも広がります。

テクニックがついてかないままだと、叩く弾き方で音が響かないし、音色や表現のことを考える余裕もなく、所謂「楽譜に書いてある音を弾いているだけ」になってしまいます。叩く弾き方は、なるべく避けたいところです。響きが鍵盤の下に落ちてしまって、遠くで聴いている人には届きません。

気持ちの良い演奏というのは、やはり美しく表情豊かな音あってこそ。幼い頃から音色について毎週のようにアドバイスを受けましたが、一生懸命やればやるほど良い結果から遠のきました。一生懸命弾きすぎない、力を入れない、とも加藤先生はよく仰っていました。練習は一生懸命。一生懸命取り組みながら、段々と余計なものを省いて、無駄な動き、無駄な力を削ぎ落としていくことにより、自分の音を聴く余裕が生まれ、良い音色にも近づけるのではないでしょうか。

叩く動作を思い浮かべると、指を上から下げている状態だと思います。音は飛ばしていかなければいけないので、打鍵は下の方ではなく上に飛ばすイメージですると、音が変わってきます。音色だけでなく、速いパッセージも、下に叩くと先に進めませんから、先に先に進むイメージを持つと、指を上から下に下げる動作が減ってくるように思えます。

イメージ一つ、弾き方一つで音は変わってきます。心の通った美しい音で、幸せエネルギーいっぱいのメロディーを奏でたいですね!

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